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# ソウルプレイス

 名古屋に帰省していたのだが、昨夜(2010年7月5日)今の住まいである横浜に戻ってきた。(帰省中お世話になった皆さん、本当に楽しい思いをさせてもらいました。ありがとうございます♪)
私は22歳のときに結婚し、元夫(現在は離婚している)の転勤に伴って横浜に住むようになり、今年でもう23年目になる。(現在45歳)
だからほんの少しだがもう名古屋より横浜に住んでいる期間の方が長くなっているし、今までに何度となく帰省をしている訳で、ことさら感傷的な気分になったことはなかったのだけれど・・・

今回は、初めて名古屋を離れるとき「ああ、このままいられたらな」という思いが湧き上がってきた。
結婚生活を送り、子どもを生み育て、仕事をして、そして今病気とつきあいながら日々過ごしている横浜は、今の私にとっては確かに生活の場所そのもの。
でも両親のいる場所、子ども時代・青春時代を過ごした場所はやはり特別なところなのだろうか。
特に今回は、私の病状しだいでは最後の帰省になるかも知れないという覚悟?もあり、ことさらに離れがたい思いを感じてしまったのかも知れない。

みそ煮込みうどんやスガキヤラーメン(名古屋のいたるところにあるB級グルメなラーメンチェーン)が私にとっての「ソウルフード」であるように、やっぱり名古屋は私にとっては「ソウルプレイス」なのだろう。
しかし、私には横浜でお世話になっている病院がある。別に特別な治療を受けているわけではなく、たぶんどこでもしていただけることばかりなのだろうけれど、病気の最初からずっと経過を見てもらっていて、緩和ケアや看取りをお願いしようと思っている今の病院にやっぱり通い続けたい。
そして横浜に生まれ育ち、それこそ生活の全てが横浜にある娘と少しでも一緒にいたい。
そのためにやっぱり横浜で最期の日々を過ごそうと思う。
・・・って前々から決めていたんだけれど、昨日はちょっとだけブレた。
それだけ名古屋が居心地よかったんだね。皆さん、本当にいろんなお心遣いありがとうございました。

今日は午後から抗がん剤治療をしていただく。
なんだかいきなり現実!って感じだけれど、一つ一つ、一日一日できることだけを丁寧にやっていくしかない。
生きられなくなる日が来るまで生きる。
そして生きられなくなったら骨になる。その骨は横浜のベイブリッジの下にまいてもらう(沖縄にしようと思っていたのだけれど、諸般の理由により横浜に決定・ちゃんとそういうのをやってくれる会社があるんだよ)
そしてちょこっとだけ、ソウルプレイスである名古屋に内緒でまいてもらおうかな♪
どこがいいかなあ〜
名古屋在住のみなさん、よい場所があったら教えてくださいね。



| comments(3) | trackbacks(0) | 09:15 | category: 暖かい人たち |
# 昭和のお手紙少女

 このブログの昨年末(2009年12月)までの記事を、友人たちが本にまとめてくれた。
本を作るというのは初めての経験だったのだけれど、私が考えていたよりずっとずっと大変なことで、写真やイラスト(友人たちが描いてくれた)等をどういう順番でどう入れていくか、表紙(これも友人が描いてくれた)をどうするか、そして誤字・脱字だらけの元ブログの校正も何回かしなくてはならず・・・としなくてはならないこと、決めなくてはならないことがとても多くびっくりしてしまった。
そしてこれをほとんど友人たちがやってくれたのだ(私ときたら最終チェックの原稿を放り出し入院する始末)
本を遺したいという気持ちはあっても、ひとりではとても実現できなかったと思う。
皆さん本当にありがとう。

そのできあがった本を持って、大阪と名古屋から友人が5月3日・4日と横浜に来てくれた。
私に本をプレゼントしてくれるための寄付付きで本を購入してくださった人たちにお送りする本に、メッセージを入れることにしたのであるが、私の方が本のあるところ(大阪)に移動すればよいのに行けないので、本の方を運んできてくれたのだ。
25冊の本はかなりの重さで、帰路友人のキャスターバッグの車輪が壊れてしまったほど!
でも生まれて初めて自分の名前がはいった本が積みあがっているのを見て、本当に嬉しかった。

夜、大船のホテルで、買ってくださった方のお顔を思い浮かべながら(面識のない方の場合は想像しながら)メッセージを書き込んでいく。
私は昭和の「お手紙世代」の人間。元々手紙を書くのが大好きなので、書きたいことがどんどん浮かんできてどうしても長くなってしまう。
でも買っていただいた本を開いて、まるで脅迫状のようにびっしりと細かな字で何か書き込んであったら気持ち悪いと思うので、そこはできるだけ控えめに本当に書きたいことだけ書くようにして。
私に本をプレゼントするために、寄付を募ろうと思いついてくれた人がいる。
そして、お金ってとっても大切なものなのに、私なんかの本を買ってもいいと考えてくれた人、その上寄付をつけてもいいと思ってくれた人がこの世にいる。
皆さん、ありがとうございます。
ガンになったことがいいことなのか悪いことなのか、総括するのはとても難しくて、たぶん結論は出ないまま死んでいくんだと思う。でもそれでいいんだよね。
ガンの症状や治療はとても苦しい。やや早めに死ななければいけないのはとても悔しくて悲しい。
でもガンになったことで暖かい体験をさせてもらったり、幸せな気持ちを味わえたりしたことも確かな現実。
それさえわかっていれば、もう私はそれでいい。ガンになったことの意味はもう考えない。
今、不思議と安らかな心でいられる自分がいる。素直にそれだけを受け止めたい。

「メッセージ入れ」の前後に、北鎌倉の円覚寺や、大船駅から見える大きな白い「大船観音」にお参りすることもできた。
退院してからまったく遠出をしていなかったためドキドキだったけれど、友人たちにずいぶん気を使ってもらい、体調を崩すことなく楽しむことができた。
横浜在住の友人も顔を出してくれて一緒にお茶することもできたし・・・
ああ、4月30日(私が考えていた死亡予定日)に死ななくてよかった!まだまだすばらしい日々が待っていた!

一日一日、かなりあぶなっかしいけれど、思い出に残る日々を積み重ねていけたらと思う。
「毎日がジェンガゲームの末期がん」 望
(皆さん「ジェンガ」っていう木を積み上げていくゲームご存知ですか? 結構面白いよ♪)

| comments(3) | trackbacks(0) | 12:21 | category: 暖かい人たち |
# 予定日は10月10日
前に入院していた時担当してもらっていた看護師のKさんに廊下でバッタリ会った。以前このブログにも書いたのだが、街で会った時流産したという話を聞いていたので心配していた。が、Kさんはお腹をポンポン叩き、「ふっふっふ、できました!」と明るい笑顔。
そうなんだ!よかったねKさん!
今四ヶ月で、予定日はなんと10月10日と聞いてびっくり。だってよく「十月十日(とつきとおか)お腹に入れて…」みたいなこと言うじゃない?
あら、お正月に命が芽生えたのね♪とわかりやすくて(笑)←下世話ですみません

「この病院で産みますから、見に来てね」と言われ、ちょっと複雑な気分になる。
今の私には自分の命が10月まで続くとはとても思えないからだ。
でも、その赤ちゃんに、会えるなら会ってみたい。
思うのは自由。
願うのは自由。
身体はひび割れだらけでも、私の心だけは自由だ。

なぜだろう、今とても解き放たれたような気分だ。
ついに仏になるのかしら?(笑)
| comments(4) | trackbacks(0) | 08:02 | category: 暖かい人たち |
# コンソメキューブの一年
 昨日(2009年12月23日)は、元勤めていた会社の総務のS沢さん(以前巣鴨&プラネタリウムに一緒に行ったSさんとは別の方)に、パイプオルガンとブラスクインテット(トランペットやチューバなど)のクリスマスコンサートに連れていっていただいた。
パイプオルガン・・・すごくクリスマスぽいでしょ♪
とても心地よく気持ちが安らぐ音色で、途中バッハの15分ものの大作では、一瞬私の意識は宇宙外に飛んでいってしまったけれど(寝てしまったとも言う・オルガン奏者さんごめんなさい)、その前後のクリスマスの曲等はとても美しく、なんだか厳粛な気分になった。

その前日、別の元同僚の皆さんとの忘年会の席で「明日、S沢さんにコンサート連れて行ってもらうんですよ〜」と話したところ、「なんでなんで?いつの間にそんな関係になったの?」と聞かれた。
実は私も入社して何年もの間、もちろんS沢さんのことは知っていたし、住所の変更や資格試験の書類等、いろいろなことをお願いしてきた。
でも、そこからもう一歩踏み込んでたくさんお話するようになったのは、やっぱり私が病気をしたことがきっかけ。
休職・退職や保険組合・傷病手当の手続き等、いろんなことを教えていただき、少なくとも私は、今も保険やお金のことに関しては何の心配もなくガンとの生活を続けることができている。
こういう分野のことはS沢さんにお任せしておけば間違いないと、心はいつも安らかだった。
そしてこうして一緒にお出かけする機会も持てて、本当に人生って不思議だなと嬉しい気持ち。

「望さんのこの一年は、あの四角い(○の素の)コンソメキューブみたいに、いろんなことがギュッと凝縮された感じだったのでは?」とS沢さん。
そうだ、人生がコンソメスープなのだとしたら、私にはもうたくさんのスープは残っていないけれど、その代わりコンソメエキスをギュッと濃縮したような一日一日を過ごさせてもらっているのかも知れない。
S沢さん、うまいっ!!山田君、座布団一枚持ってきて!!

実は昨日の食事代やチケット代、「お嬢さんの結婚&就職祝いに」と言っていただき、S沢さんにすっかりお世話になってしまった。
だからお礼に、来年S沢さんの家の近くのおしゃれ〜なフレンチ「クイーンアリス」でご馳走することを心に誓う。
また一つ、目標ができた。
会いたい人、感謝を伝えたい人がいる。
まだまだ「さよなら」は言えない。



| comments(2) | trackbacks(0) | 09:55 | category: 暖かい人たち |
# 来年も
 おととい(2009年12月18日)、いつもお世話になっているサポートグループの主催団体(がん患者さんを支えてくれるNPO法人)のクリスマスパーティがあり、参加させていただいた。
「四谷」(生まれて初めて訪れる都会)でイタリアン♪
お店はお洒落で、お料理もおいしいかったし、皆さんとたくさんお話も出来て、大満足の一夜となった。

でも、楽しければ楽しいほど、「私(余命4ヶ月予想)、もう来年は来れないんだよね???」という寂しさがこみあげてくる。
パーティの終わる頃、みんなが「また来年も来ましょうね!」と挨拶をかわしているのに、来年のクリスマスはこの世にいないと言われている私。
・・・・・やだやだやだ!
みんなが来年もワイン飲むなら私も!!(最近ちょっと禁酒のタガがゆるんでいる)
みんなが来年もごちそう食べるなら私も!!
そしてみんながこうやって楽しくおしゃべりするのなら私も!!
私だけ参加できないなんていやーっ!!!

まるで幼稚園児のような心持ちである。
もうちょっと「死ぬ」ということについて厳粛に考えなくちゃいけないんだろうけど、どうして死にたくないのかという理由を突き詰めて考えていくと、私程度の人間の場合、要はこういうことなのかな、と。
みんなの輪から離れて一人ぼっちになってしまいたくない。
一緒に楽しいことをしたいのだ・・・そう、来年のクリスマスも。

そして、きれいごとに聞こえるかも知れないけれど、できれば楽しいことだけでなく、悲しいことやつらいことも一緒に体験していきたいのだ。
私と関わりを持ってくれた人たちと一緒に。
一人だけワインやごちそうを楽しめないのもいやだけれど、今私を支えて応援してくださっている人たちにもし何か困難なことが起こった時、自分だけすやすやと眠っていて(永眠ともいう)、楽して知らん顔を決め込んでいるのもいやなのだ。

来年のカレンダーを3分の1に折って、4月までしか見えないように壁に貼っていたけれど(自分には2010年4月30日の先はないと思っていたから)、その先の日々も生きて、来年のクリスマスパーティにも行きたいという気持ちを込めて、広げて貼り直して見た。
もちろん、いくら思いが強くても実現するとは限らない。それどころか実現する可能性はとても低い。
でも、思うだけなら自由だよね?
現実がどんなに厳しくても、私が私の人生を「こうしたい」って心の中で思うことは自由だよね?
身体がいくら言うことを聞かなくなっても、希望を持つことは許されているよね?

来年のクリスマスパーティの予約、今から入れておきますので皆さまよろしくお願いします。
生身の身体で行けないかも知れないけど、なんらかの形(笑・風になって行くとか?)で絶対行きますから、ちゃんとワインとお料理取っておいてくださいね。
取っといてくれないと、暴れますよ〜♪

 







| comments(4) | trackbacks(0) | 10:49 | category: 暖かい人たち |
# シール収集中

 子どもの頃「シール集め」が大好きだった。
少ないおこづかいをやりくりして買ったり、友達と交換したり・・・シール帳にかわいいシールがたまっていくのが、本当に楽しみだった。

そして、大人のガン患者となった今は、「心のシール帳」にシールをためている。
昨日(2009年12月12日)は4枚ためたよ。
昼は、初めてFくん(娘のだんなさん)のお家にお邪魔して、楽しい時を過ごさせていただいた。
結婚前に外で何度かお会いしたことはあったけれど、お家に伺うのは初めて。
「おお、ここがいつもM(娘)がお邪魔しているところなのかあ」と感激して、ついキョロキョロしてしまう。
ささやかながらお歳暮をお渡しして、日頃娘がよくしていただいていることにお礼を述べ、病気のことでこの先おかけするに違いない迷惑について先取りの謝罪をする。
こうしてきちんとご挨拶できたことと、お父さんお母さんに「Mちゃんのことは何も心配要りませんから」と暖かいお言葉をいただいたことで、私の心のシール帳に1枚シールがたまる。
そのシールに大きく書かれている文字は「安心」。
「安心」のシールがまた1枚増えて、心が安らぐのがわかる。

Fくん宅には「ウーピー」というミニチュアダックスフントのワンちゃんがいて、最初マスクをかけて現れた私に警戒モードだったのだが、すぐに慣れて遊んでくれるようになった。
ボールで遊んだり、抱っこして一緒に写真を撮ってもらったり、うわあ楽しい♪
ウーピーがボールを拾ってくるのが早すぎて、私の息はすっかり上がってしまったけれど。
これは「犬型」のシール1枚ゲット!って感じだね。

いったん帰宅してウーピーとの運動の疲れをいやし(笑)、夜は「宮ヶ瀬ダム」の大きなクリスマスツリーに連れて行ってもらう。
神奈川県民の方ならもしかしてご存知かも知れないが、ダムに生えているものすごく大きい木をきれいにライトアップしてクリスマスツリーにしている所があるのだ。
そのツリーを中心にイルミネーションが飾られ、たくさんの夜店が出ていて、すごくにぎやか。
おととしも連れてきてもらっていたのだが、今年で最後と思っている私には、やっぱりツリーの輝き方が違う。
そしてツリーやイルミネーションもさることながら、そこに集っている人々の姿に心を奪われる。
思い思いにたこ焼きやら豚汁やらをほおばり、笑ってしゃべっている「普通」のたくさんの家族連れやカップル・・・この中に「このツリーを、ひょっとして来年は見られないかも知れない」と少しでも思っている人が果たして何人いるであろうか。
楽しく幸せそうに見えるこの人たちに、どんな来年が待っているのであろうか。それは誰にもわからない。でもわからないからこそ人は生きていけるんだものね。
「来年は見られない組」は私一人で十分。みなさん、来年も豚汁食べてくださいね♪

クリスマスツリーの輝きにシールを1枚。これは「キラ」のシールだね。
そして私を連れてきてくれた暖かい人に感謝して、「ありがとう」のシールも1枚貼る。
ベッドの上だけの暮らしになっても、心が強くしなやかだったら、シール集めはできるよね?
もう私のシール帳にはいっぱいシールはたまっているけれど、まだまだやめずに集め続けようと思う。
最後に貼るシールは、神様からの「よくできました」っていう花の形のシールがいいなあ♪









 

| comments(2) | trackbacks(0) | 11:48 | category: 暖かい人たち |
# 救命病棟24時

 おととい(2009年12月4日)、娘が働いている病院の見学をさせていただいた。
私の病状がよくないことをご存知の看護師長さんが、「一度娘さんの働いている様子を見たら安心するのでは」と声を掛けてくださったのだ。

娘は「救急」というところで働いている。
ちらっと覗かせてもらうつもりが、お忙しい師長さんにつきっきりで案内していただくことになり、恐縮恐縮。
「救急外来」にはやっぱり救急車も来るし、ストレッチャーの上でぐったりされている方、顔中にガーゼを当てている方などもいらして、ただならぬ雰囲気。
そして奥に入ると「救急病棟」があって10台ほどのベッドがずらりと並んでいる。
そのエリアにはいると、あ、いたいた、小さいひよこ看護師(うちの娘はとても小柄)がなにやらパソコン操作をしながら手を振っていた。
一応ちゃんと働いているじゃん!首から聴診器も下げ、なんか本物ぽい!
こんな風に毎日働いていたんだね。
社会人になった子どもの働いている様子を見られることってあんまりないと思うので、見学させてくださった師長さんにほんと感謝!である。

日頃、娘がいろいろミスをしたりご迷惑をかけていることを謝罪し、家でも結構落ち込んだり悩んだりしているんですよと話すと、「早く一人前になりたいっっていう気持ちがあるから悩むんですよ。志が高いんですよ」とフォローしてくださる。
長くやれる子だと思うのでしっかり育てていきますよと暖かい言葉もいただく。
師長さんはおそらく私と同年代だと思われるが、さすがに師長さんになられるだけあって、へらへらの私と違いなんかしっかりとしたオーラが出ている。
ああ、こんな師長さんが面倒見てくださるならもう安心・・・という思いがわいてくる。

この先、私の病気のことでいろいろご迷惑をかけるに違いないけれどよろしくお願いします、と挨拶する。お会いして、きちんと今後のことをお願いできて、本当によかった。
心が平らになっていくのがわかる。
今私がしなくてはならないことはたぶんこれなのだろう。
私がいなくなった後、娘を支えてくれる人、力になってくれる人、一人一人の人にきちんと挨拶し丁寧にお願いすること。
感謝の気持ちを伝えること。
もはや私に出来ることはあまり残っていないけれど、まだ今ならなんとか間に合いそうだ。
一応「別れた夫」もリストに入れた方がいいかしら?・・・なんか悔しいけど♪

「救命に 江口洋介 見当たらず」(男性はふっくらした優しそうなドクターがお二人でした)








| comments(2) | trackbacks(0) | 07:22 | category: 暖かい人たち |
# 「45年」物

 おととい(2009年11月27日)から、一泊で箱根と静岡に旅行に行ってきた。
箱根には高校時代の友人二人と。
ずっと交流がなかったのに、私が病気になったことで再会することができて、今こうして一緒に旅行までできた。
何度も書いていることだが、大きな大きな「病気がくれたプレゼント」だ。

小田原で落ち合い、箱根登山鉄道で箱根湯本まで。そしてケーブルカーやロープウェイでたっぷりと紅葉を楽しんだ(箱根紅葉情報→一部まだですけど、だいぶ綺麗に色づいてます。見ごろです!)
燃えるように赤く色づいた木もあれば、オレンジ色・黄色、色が変わらず緑のものまで、まったく絵など描かない私ですら思わず写生でもしようかと思ってしまうほど、色とりどりに美しい。
紅葉や富士山を楽しんだあとは、私の強い希望で、遊覧船で箱根神社へ。
ものすごい石段があったが、ふだんアパートの階段を上るのすら四苦八苦している私がなぜか上れてしまうのだ。(息は思い切り上がっているけどね)
これぞ旅行の不思議なパワー。
そして旅行で「あんなこともできた、こんなこともできた」という経験からくる自信が、帰ってからの日常生活を支えてくれるのだ。
思えば、こうしてこの一年数ヶ月を乗り切ってきたんだなあという気がする。

森林パワーを存分に受けた後は、お宿の「オーベルジュ」(皆さん知ってますか?お料理自慢のホテルのことですよ〜)で、本当においしい創作フレンチをいただき、温泉にも入り、そのあとたくさんおしゃべりをして・・・
余命6ヶ月と言われてから1ヶ月たっちゃったから、現在余命5ヶ月の私。
余命5ヶ月と聞いたら、世間の人は、肉体的にも精神的にもかなり悲惨な状態を思い浮かべることだろう。
でもなぜかこうして旅行をしたり、食べたり遊んだりしゃべったりしている私・・・自分でも自分の身に何が起こっているのか不思議でならない。
まあ、深く考えず、神様にさらっと感謝だけしておこう♪ スルーしていれば、もしかして見逃してくれるかも知れないからね!?

次の日は、今度は短大時代の友人と静岡で落ち合い、アートをやっている共通の友人の展示を見てきた。
「本」をテーマにしている展覧会で、めくっているとボロボロとはがれていく「脱皮する本」とか、草でできていてページごとに目鼻がついている本など、そのアーティストさんなりのいろんな思いが、本という形で表現されている。
我々の友人の作品は、彼女の書棚にあったであろう様々な本がアクリルのケースの中に一冊ずつ開いてはいっており、私の知っている本も知らない本もあったが、この本たちが彼女の人生を表しているのかなあと思ったりした。
展覧会の後は、友人が調べておいてくれた「静岡浅間神社」へお参りする。
七五三の子どもたちがたくさんいて、結婚式もやっていて、親しい人の病気平癒願いなのか、本殿の前で一心不乱に祈り続けている女性もいて、まさに「人生」を見る思い。
そしてチーズケーキをぱくぱくと食べながら、またまたおしゃべり。
神様、本日も見逃してくださるようお願いいたします。

二日間の旅行で、皆の口から何回となく出た言葉。それは「もう45歳なんだもんねえ・・・」
身体の調子が悪いこともある。家庭や仕事の悩みもある。昨日のことのように思える青春の(笑)様々なできごとも、計算すると実は軽く20年以上前のことだったりする。
そう、例えていうなら我々は全員「45年」物のワインなのだ(おお、美しい表現!)
有名人の方で言うなら、先日来話題の(?)高島礼子さん、山口智子さんやあと薬師丸ひろ子さんや杉田かおるさん等も「45年」物のお仲間。
上記の方々のように美しく保たれたボトルもあれば、ひびがはいって今にも壊れそうな瓶もある(これは「望ワイン」ね)
色も中身もいろいろだけれど、でも同じ45年という時間で熟成された一本一本のボトル。
45歳だ、もうおばさんだとひとまとめに片付けてしまうのは簡単だけれど、一人一人の上に流れてきた時間がその味をしっかりと形作っている。

45年間、一緒に時を重ねてきてくれて、みんなどうもありがとう。
これからももっともっと味のあるワインになってください。
私も瓶の修理をあきらめたわけじゃないから・・・そのために明日また抗がん剤打ってくるからね。
一緒に熟成、よろしくお願いします。







 

| comments(3) | trackbacks(0) | 21:31 | category: 暖かい人たち |
# 別れた人に会った

 昨日(2009年8月16日)、私の離婚した元・夫が家にお見舞いに来てくれた。
離婚しているくらいだからそんなに仲がよいとは言えなくて(笑)、今でも「友人」というより「知人」レベルの関係だが、少なくとも普通に会話できる関係になっている。

そんな関係になったのは、私の病気がわかってから。
それまでは、娘のことで連絡しなければならないことがある時に事務的なメールをやりとりしていただけで、会ったこともなかったし会おうと思ったこともなかった。
結婚生活から離婚にいたるまで本当にいやな思いをしたので(お互い様だということはわかっているが)、できれば一生会いたくないと思っていた。
だが、自分ががんになり、それも死を意識しなければならないほど進んでいるとわかった時、連絡を取って娘のことを頼まなければならないと強く思った。
正直ちょっと悔しかったけど、メールで全てを話し、娘の力になってもらえるように頼んだ。

その後病院に時々お見舞いに来てくれるようになり、今もたまに家に食べ物等差し入れてくれたりする。
長居をすることはないが、一応上がってもらいお茶を飲むくらいの関係になった。
たぶん病気にならなければ、一生会うことはなかったと思う。
それくらいいろんなことがあったし、元・夫に対する怒りやわだかまりは私の中で十分に消化しきれているとは言えない。
でも、今はこれでいいのかな、と思っている。
「知人」として、彼は私の病気のことを心配してくれている。そして私もそのことに関しては、素直に感謝の気持ちを持てる。
この状態が、私たち二人の長い戦い(!)の精一杯の結末なのだろう。

彼には、一緒に暮らしている女性がいるとのこと。
その女性の影響なのか、持っているバッグが「PORTER」の物だったり、新しそうな「NIKE」のスニーカーを履いていたり。髪もきちんと黒く染めて(若いときから結構白髪の多い人だった)、私と結婚していたときより<小ぎれいに>(娘が言うには)なっている元・夫。
お見舞いに、とちゃんと木の箱にはいったメロンを持ってきてくれて、経済的にもせっぱつまっているようなことはないようだ。(離婚には経済的な問題が大きく影響していたので、私はそれを一番心配していた)
よかった!娘をはじめ周囲の人に迷惑をかけたけど、やっぱり離婚して本当によかった!
と娘に熱く語っていたら、冷静に「お母さんって、お父さんのこと、本当にもうなんとも思っていないんだね」と言われた。
少しでも好きだという気持ちがあれば、他の女性の影響で幸せそうにしている姿にちょっとは悔しさがわくはずだと言うのだ。
うんうん、正解。好きなんていう気持ちはもう全くないよ。
Mちゃん(娘)も、恋愛のキビがわかる大人に成長したね♪




| comments(2) | trackbacks(0) | 07:27 | category: 暖かい人たち |
# ひとりの食卓

 2009年8月5日から9日まで、上諏訪への旅行(両親と)&その足で帰省をしてきた。
諏訪では、諏訪大社・いろんな博物館・花火を楽しみ、実家に帰ってからは地元のみんなが遊んでくれて、またまたたくさんの元気をもらえた。
また昨日(8月10日)はこのブログのコメント欄でおなじみの誰かさん(名前は書かないけど・笑)が、わざわざ我が家の近くまで来てくださり、一緒にランチを楽しむことができた。
みなさん、どうもありがとうございました。

普段は一人で食事をすることがほとんどの私。
仕事をしていないので同僚と食事をすることも今はもうないし、娘はいるが、看護師になってからは三交代勤務をしているので、とても時間が不規則でなかなか一緒に食べることができない。
休みの日でも、ほら、若い人はいろいろ外食とかの予定があるしね。

なので、旅行&帰省中、いつも誰かと食事やお茶ができていたのが、本当に楽しく嬉しかった。
私の地元は、まさに「地方都市」という言葉がぴったりのところなのだが、そんな郷里にもちゃんと21世紀が訪れており(もう9年もたっているが)、ぽつぽつとおしゃれなパスタ屋さんやケーキ屋さん・パン屋さんが出現。そんな「おしゃれスポット♪」に連れてってもらったり、名古屋で短大の友人と会った時には、名古屋で超有名なパティシエさんのカフェでお茶したり。
私は、離婚しているし、一人で何かをするということにそんなにものおじするタイプではないのだが、なかなか一人だとはいらないんだよね、「おしゃれスポット♪」には!
外出時食事をする時は、やっぱり一人でもはいりやすいお店(スターバックスみたいな)に足が向いてしまう感じ。
だから、素敵&有名なお店にはいれるだけでも嬉しいし、親しい人たちとおしゃべりしながら、一緒に飲んだり食べたりできるのはもっともっと嬉しかった。
おおげさな・・・って言われるかも知れないけれど、ほんと生きていてよかったと思ってしまったほど。

そんなこんなで、2009年8月7日をもって、「余命3〜6ヶ月」と診断された日から1年が過ぎた。(2008年の8月7日にそう告知されたので)
たくさんのものを失ったかも知れないけど、それ以上のものを得て、今のところこうして自分らしく暮らせている。
このブログを読んで、いろんな形で私を支えてくださっているみなさんに心よりお礼を申し上げます♪
おしゃれなお店を見つけたら、教えてね。そしてできれば一緒に連れてってね。












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